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JOYのおなじみのマスコットキャラクター、ダッチーの生みの親です。はいぱああくてぃぶの絵が気に入ったので、お願いして描いていただきました。お馴染みのリンク・アイコンをはじめとして、JOYの随所にいろいろなポーズで登場しています。
ReadMe!JAPANは有数の読み物ランキング・サイトです。これを運営しているたかのさんとDIGIWEB日本人ユーザーのオフ会で知り合ったのをきっかけに、ランキングデータをJOYに連動して、上位ランクの作者のページに
マークをつけています。
JOYとほぼ同じ歴史をもつYahoo!型のディレクトリサービスです。JOY Searcher との検索エンジンの相互乗り入れの提携に最初に応じてくださいました。システムの枠にとらわれない柔軟で親しみやすい構成はJOYの方向性と似ているところもあり共感できます。
JOY Searcher との検索エンジンの相互乗り入れで提携しています。
うぇいぶなびの前身は日本の総合ディレクトリーサービスの草分け「Yahho!」(やっほー)です。JOYと同様、たった一人の個人の手で運営されてきました。
Copyrightが企業名となった現在の運営形態は秘密とのことです(^^)があまりかわってないのではないかと想像してます。おそるべしパワーだ。
日本のメールマガジンの草分け「Internet Watch」に週一でおすすめホームページ紹介の連載をしていました。
編集部を訪れたとき、あんなに少ないメンバーであれだけの情報量の日刊誌をだしているのかと驚きました。
TINAMI(ちなみ)は「インターネットのマンガ・アニメ系の絵描きさんのページのリンク集&検索エンジン」(byまさしろさん)です。
まさしろさんの了解を得て、絵/漫画・アニメ系イラストの分類ページにTINAMIの検索窓を付けさせてもらってます。
ここの特徴はなんといっても絵付き&まさしろさんによる専門的?な解説付きでページを紹介していることです。
この世界の住人でならではの分類別けもさすがで、JOYも含めて汎用ディレクトリーサービスのセンスの無さを思い知らされます。
JOYを始めた当時、プロバイダーの選択枝はほとんどありませんでした。
一部の理科系の学生や研究者にしか縁がなかったインターネットをパソコン通信よりも安い価格で開放してくれたのが、ベッコウアメとリムネットでした。
この2つのプロバイダーは当時芽生えつつあった個人ホームページの梁山泊的存在で、JOY発足当初はこの両プロバイダーの個人ページ・オーナーに声をかけてリンクを集めたのです。
リムネットははじめからシェルを開放し、早いうちからCGI,SSIを許可しました。
徹底した自由放任のおかげで、JOYは登録の機械化で大量の登録をさばくことができ、早い時期から検索サービスを開始できました。
コンテンツがどんどん増えてきて、リムネットの基本容量を超えそうになってきた頃、アメリカに驚異的な安さと独自ドメインをサポートするプロバイダーがあることを知りました。
それがDIGIWEBです。当時はバーチャル・ドメインはまだ珍しく、「ついに専用線ひいたんですか!」という驚きのメールをたくさん貰いました。
当時はあやしさ無限大だったDIGIWEBもものすごい勢いで成長し、今や大量のお客さんを抱えつつ、結構安定したサービスを提供するプロバイダーに変貌しました。
それでも時折発生するDNSのトラブル、突然のディスク移行、決して非を認めないスタッフ、などなどDIGIWEBイズムは健在で最近は愛着さえ感じています。
(皮肉じゃありません。この感じ、初期の頃から苦労しているユーザーにしかわからないだろうなぁ。)
JOYを紹介してくれる雑誌、本、編集部、ライターの皆様
1995年5月のJOY発足以来、数え切れないほどの雑誌や本でJOYを紹介していただいてます。謝謝。
どこの編集部も徹夜当たり前のハードな仕事ぶりで驚きます。
何度か受けた取材も楽しいものでした。現在にいたるまで、幾多の雑誌が創刊されては消えてゆきました。
JOYはよく続いているなあ、と我ながら感心します。
JOYに登録してくれる皆様
JOYのコンテンツは99.9%他力本願です。おかげで私は徹底して企画・編集に力を注ぐことができます。
よく働くコンピューター
JOYは現在ひとりで作っています。たったひとりでこんなにも巨大なコンテンツを運営できるのも、文句も言わずよく働くコンピューターとソフトとネットワーク達のおかげです。
ぷらっとホームのパソコン、DIGIWEBのサーバ達、Perl、OSやDBMSなどフリーソフトの数々、これからもよろしく頼む。
JOYが生まれた1995年5月、その頃は、日本には本格的なディレクトリーサービスと呼べるようなものはなく、リンク集が散在するだけの状態でした。
その頃、ネットサーファーが毎日のように使っていたのはNTTの新着情報。
日本のWWWの草分けでもあるNTTの新着情報は、日本のWWWを手繰るための唯一の本格的登録型サービスでした。
しかしそこに登録されるのは大学と企業のページばかり。
ようやく芽生え始めた個人ページの面白さを世に示さんとNTTに強烈なライバル意識を燃やしてたちあげたのがJOYでした。
同時期に生まれたYahho、CSJが日本のYahoo!を目指していたのとは少し趣が異なりましたが、当時としては分類別のインデックスにネットサーファーが飢えていた時代。
JOYも、当時Yahoo!さえも敬遠した「趣味のゴッタ煮状態の個人ページ」を分類するという無謀な試みを実行に移しました。
・・・・と歴史を語り始めると長くなるのでこれくらいにしますが、要するにNTTとYahoo!がなければ今のJOYもありませんでした。
後から知ったのですが、当時はNTT新着情報もYahoo!も事実上個人の情熱の産物でJOYが目の敵にした企業社会とは無縁のものでした。
JOYは闘う相手を間違えていたわけですが、改めてインターネットにおける個人の力の大きさを実感し、JOYの方向性は間違っていないことを確認できました。
今ではNTT新着情報もYahoo!も企業運営に移行し、かつての茶目っ気のある若々しい躍動感が薄らいできた気もして寂しいですが、これからもJOYを悔しがらせる活躍を期待しています。
NTTページの初代作者のひとり、坂本さんはJOY発足当初、励ましのメールをくださって「URLの広場」の一番上からリンクしてくれました。
いきなりアクセス数が10倍に跳ね上がりNTTの影響力に驚いたものでした。
Yahoo!JAPANやgooが登場した現在、隔世の感があります。
1996年4月の創刊号から3年ほどホームページカタログというコーナーに「JOYの雑記帳」という連載を1ページ書いていました。
はじめてのコンタクトはJOY発足当初にさかのぼり、当時から人気サイトだったPOWERBOOK ARMY を主宰している飯嶋さんにJOYに登録のお誘いメールをだしたのが最初でした。
飯嶋さんのご尽力でJOYの検索エンジン JOY Searcher をBNNインターネット(現NETJOYインターネット)で稼動させていただいています。
あちゃらNAVI - リクルート
現在ではリクルートのサイト全体がISIZEにリニューアルして、あちゃらNAVI(検索エンジン)は存在しませんが、かつて、登録ページからの相互リンク、そして JOY Searcher との検索エンジンの相互乗り入れの提携に応じてくださいました。
もともとの商売自体が個人をターゲットとしているあたりJOYにとっても勉強になる技をたくさんもっています。
リクルートの雑誌「じゃマール」は、インターネットでは一般的に「ごみページ」と言われる「自己紹介」や「趣味」が編集次第で価値あるコンテンツに変わることを証明しました。
ホームページづくりで忘れられがちな編集力の大事さをみせつけてくれます。
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